魔女の宅急便

 少数ながらも存在する北米地域の魔術に関する民間伝承の中でこの魔女の宅急便と俗称される逸話が取り分け専門家の注意を引くのには、それなりの理由が存在する。
 それはその伝承の起源を合衆国成立前後まで遡る事が出来るという歴史的視座からの重要性が無視出来ないというものである。
 ここではその物語の実相について掻い摘んで見て行く事にしよう。


 1:成立の背景(その1)

 中世ヨーロッパに勃興した様々な宗教活動、取り分けカソリックを筆頭とするキリスト教圏の暗黒面を大きく担う事になった”魔女狩り”と呼ばれる思想統制と連動した廃絶運動はまるで波が打ち寄せ、また引いていくように、その規模の大小を変えながらその後も一つの潮流として旧世界のほぼ全土に蔓延していた。
 近代では殊に1700年代に入ってからのそれは実に苛烈を極め、その犠牲となった人々の数は正確には把握できないものの相当な数にのぼるものと見られている。
 言うまでも無く魔女達の多くは何の罪も無い哀れな”犠牲者”たちであり、またこの時期幾多のアニミズム(自然霊崇拝)に基く民間信仰や伝承療法が駆逐されていったのである。

 魔術を行う者達、俗に”魔女”と呼ばれる人々の多くは一般的に”悪魔崇拝”とされる一連のオカルト活動とは無縁の存在である。
 ウィッカ、ウィッチドクターとも呼称される彼らの実像は薬草治療や伝承に基く身体機能の改善法を用いて集落に寄与する公共医療機関とでも言うべき重要な存在であった。殆ど場合その思想的根源ははるか古代から連脈と受け継がれて来たアニミズムに立脚しており、それは穏やかかつ厳粛であり、同時に現代的視点から見れば驚くべき科学的根拠に裏打ちされたものが大勢を占めていた。
 しかしあらゆる偶像崇拝を否定し、唯一神への絶対的盲信を求めるキリスト教、殊に強大な力を有するその権威筋はこうした自然崇拝を”邪悪なもの”として教義の中で悪と規定される様々な霊的属性の中に巧妙にそれらの主義・思想・行動を織り交ぜる事によって、能動的排撃対象としてのイメージを信者の間に築き上げていったのである。

 この一神教におけるスピリチュアリズムの変遷については宗教学・心理学的に見て非常に興味深い考察を提供してくれるが、それについて言及する事は本稿の主旨に反するため、ここでは割愛させて頂く。

 こうして旧世界の各地においてその活動を大幅に制限され、あまつさえ生命の危機にまで晒される事となった魔女達が、様々な方法を用いてこれを打開しようという動きに出始めるのは当然の帰結であった。

 

 中でも一番恐ろしい噂は、魔女達が高貴な家の女性を密かに殺害し、其れに成りすまして新大陸に渡っているというものです。勿論これらは噂話に過ぎず、我輩も、勇猛果敢なる我が部下達も何の怖れも抱いてはおりません。
 仮にそのような話が事実であっても、我らがその不浄なる邪教の輩を打ち破って御覧に入れましょう。
 更に言うなら我が妻エレンもこちらに到着してからは出立前の不機嫌ぶりからは打って変わって快活となり・・・

 

 上記はある米大陸探検隊の隊長を務めた英国将校が故郷の母親に宛てた手紙からの抜粋である(出典GBL-0012556)。
 ここで言及されている噂話については同時期における他の様々な文書類にも散見出来ることからかなりポピュラリティの高い話であったようだ。
 また新大陸における神秘主義の変遷を独特の視点で追ったJ・F・ローラコントの名著「驚異の伝承(GGP 1982)」にも同様の逸話が掲載されている。
 これが果たして実際に起こった事なのかという事に関しては判然としないというのが実情である。
 しかし新大陸へと渡ったのは主に労働階級、それも故国での生活が逼迫し、そこからの脱却を求めて新大陸に運命を委ねざるを得なかった貧しい人々であり、それ以上の地位・財産を有する者はほんの一握りであった。またこうした労働者は表向きはキリスト教に帰依しているものの、先祖代々受け継がれて来た土着信仰への想いには絶ち難いものがあったのである。
 結果として、場合によってはこれらの人々が魔女の渡航を手助けしたかもしれない。
 以上の点から理論的に考えれば、殺害などというリスクを負わなくても魔女達は容易に新大陸に渡る事が出来たのではないだろうか。
 しかし前述の噂がある程度実体のある恐怖として人々の間で語られていたという事実は非常に興味深い。

 こうして魔女達は新大陸の土を踏んだ。そこはようやく手に入れた安息の地であると同時に、新たなる研鑚の地でもあった。
 だがそれらが常に良い方向に作用するわけではない事も、また事実である。
 やがて新しく見出された”邪なもの”の存在が、遂に新大陸にまで及び始めた宗教的思想統制の流れの中で、北米における魔術史の重要では有るが同時に最も暗く冷たい部分を醸成して行く事になる。

以下次回

 

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