魔女の宅急便

 少数ながらも存在する北米地域の魔術に関する民間伝承の中でこの魔女の宅急便と俗称される逸話が取り分け専門家の注意を引くのには、それなりの理由が存在する。
 それはその伝承の起源を合衆国成立前後まで遡る事が出来るという歴史的視座からの重要性が無視出来ないというものである。
 ここではその物語の実相について掻い摘んで見て行く事にしよう。


 3:成立の背景(その3)

 

 新大陸における新しい霊的存在との接触は魔女達の価値観に劇的な変化を齎す事となった。
 人の手に触れる事無く、原初の強大で、そして如何なる属性も持たない”力の奔流”はそれまで魔女達の世界で定説として確立されていた四元論などのカテゴライズを易々と超越するものだったのである。
 魔術とは自然霊を(つまりはそれらが代表する自然界の諸要素を)御し、それを”使役”する技術である。
 しかしそれら旧世界における理論の系譜は新大陸の自然霊には全く意味を成さなかった。
 結果多くの魔女達は霊との接触を放棄したが、一部の高位能力者の中から全く異なる視点でこうした状況を捉える者達が現れ始めたのである。
 前述したとおり魔術における霊的側面の施術の実相は術式を用いて自然霊(を通して自然)に働きかけ、目的を遂行する技術である。ぞれは自然を”手懐ける”と言い換える事も出来るだろう。しかしその前提としては自然は偉大なるものであるというアニミズムの段階から存在する原点的崇拝指向に根ざしている事は否定出来ない。崇め敬いつつもその力を引き出し、それを利用する。これこそが魔術なのである。
 しかしこの”自然を崇める”という前提は新大陸における霊的活動の中で微妙な変遷を遂げて行く。そしてそれが北米特有の魔術的思想の重要な一派として成立して行く。前出のメルメス・メスナーは著書”魔術理論(SMP 1919)”の中で次のように述べている。

 黒魔術はその言葉が惹起するイメージ程に低俗な存在では無い。その深遠、目指すべき真のものは、この世界に満ちる巨大なる力、その実相を理解し、それを取り込み、最終的にそれと一体化する事にある。如何なる形も持たず、如何なるものにも属さない、真の混沌、真の闇とでも言うべき存在の、その一部となる事なのだ。

 この”黒魔術”に対する新しい解釈は、従来の魔術と呼ばれていた技術理論体系において同じ名前が指す物とは全く意を異にするものであった。
 旧世界における黒魔術とは悪魔崇拝と密接に関係していると規定されていた。
 それは主に低俗な欲求を満たす”おまじない”の如き存在として、一部の好事家(主に貴族層)達に愛好されていたに過ぎず、魔女達からは一顧だにされない、取るに足らないものだったのである。
 しかし新大陸における少数の魔女達の研鑚の結果が、こうした全く新しい思惟思惑に辿り着いたのである。
 そこには当初の段階で持ち合わせていた、力に対する総じて直接的な欲求は既に無く、純然たる混沌、闇への理解とそこに一体化しようとする”意志”のみが存在していたのである。
 しかし、その試みは無属性ゆえに時に邪悪であった。
 あらゆる属性から開放された存在に対するそこに至らんとする試みは、それを行おうとする者の思想行動にも当然の如く影響を及ぼす結果となる。
 黒魔術を指向する者達は従来の魔女達にとって禁忌とされていた領域へと踏み込んでいったのである。
 更にそれは民衆達の間に、かつて無い不安を醸成する事になる。
 おぼろげながら漏れ伝わってくるこうした黒魔術への試みは、それまで彼らにとって功利的存在であった魔女という存在そのものに対する認識を著しく覆すものだったのだ。
 人々は次第に不信の目を向け始め、やがてそれは魔女という存在そのものに対する大きな疑念へと成長して行く。
 またこの黒魔術の持つ無属性という特性は、新大陸に及び始めたキリスト教系思想を著しく刺激する事になる。
 彼らは唯一神たる主の下、秩序ある世界の存在を是としており、黒魔術の提起する混沌などは存在せしめる余地など無かったのだ。
 旧世界における思想弾圧の波は、遂に新大陸へも波及しようとしていた。
 1700年代終盤から1800年代初頭にかけて、キリスト教勢力は新大陸において爆発的な拡大を見せる。こうした宗教の動きについて一定の理解を得るには、二つの事に留意しなければならない。
 一つは下層入植者のその後の生活情勢であり、もう一つはアメリカ合衆国の独立という歴史的事件である。
 新大陸に一縷の望みを託し、故国での生活を捨てて移り住んだ人々を待っていたものは失意と絶望の日々であった。
 確かにそこには無償の、広大な土地が存在してはいた。しかしそれはおよそ手の付けられない荒地であり、そこを切り開いて利用可能にする事は並大抵の努力では到底及ばなかった。
 しかも自治体として半ば”放置”された開拓集落には程なく発生した中産階級層を頂点とする強力な搾取のシステムが形成され、その圧力の基に晒された下層階級者の経済的逼迫は慢性的であり、時に旧世界におけるそれよりも致命的であった。
 この為民衆の間には常に”世界”に対する不満と恐怖が鬱積していたのである。
 1776年、北米に英国との戦争を経て独立した国家が誕生した。
 言うまでも無くアメリカ合衆国である。
 苦しい戦いを勝ち抜き、ようやく成立した国家は、しかし未だ多くの問題を抱えていた。内政の不安、海外勢力の脅威。情勢は常に不安定であり、その速やかなる対処こそが新政府の急務であった。
 そしてそうした内政の安定の為に政府と連動したある宗教活動が一つの形となって結実する。
 PEC(Protestant Episcopal Church)、即ち米国監督教会の誕生である。
 英国国教会より分離したこのプロテスタント系権威組織は米国内の情勢に極めて精通しており、その基督活動は貧困に喘ぐ民衆に効果的かつ速やかに浸透して行ったのである。
 苦境からの脱却を求める人々はこうした”煽動”に対しては著しく脆弱である。
 清貧と救済を掲げ、中産階級の経済的な潤沢さを非難し否定するプロテスタントの教義は、従来までそこに帰属する事を拒否していた人々の心をも動かしたのである。
 そこには微かな希望をも打ち砕かれた者達の、絶望と怨嗟の叫びがあったのは言うまでも無い。
 そして鬱積した現実に対する憎悪は、その反動として盲信を招き、その信仰という強力な免罪符の基でかつて旧世界で見られたのと同じように凶悪な形で爆発する。
 1800年代前半、ニューイングランドに吹き荒れた”魔女狩り”の嵐こそこうした憎悪の爆発の最も典型的な、そして最も忌むべき形であった。

 こうしてこの”魔女の宅急便”と呼ばれる伝承の主人公が表舞台に現れる準備が整えられたのである。

以下次回

 

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